2~3年くらい前から聞くようになった「界隈消費」という言葉。最近だと博報堂とSHIBUYA109 lab. が共同で「界隈消費」に関するレポートを出したことでも話題になりました。
今回はその「界隈消費」について、そもそもどういう意味なのか、なぜ話題になっているのか、マーケティングとどのような関係があるのかについて、Z世代だからこそ感じる細かなニュアンスや肌感覚をふまえながら深堀りしていこうと思います。
目次
界隈消費ってなに
まずは、界隈消費とは何を指しているのかはっきりさせていきたいと思います。
界隈消費とは、特定の界隈(集団・コミュニティ)に関連する消費行動を指しています。
特定の界隈内で共有される趣味嗜好や価値観、不文律などに基づいて消費行動が行われることが特徴です。その結果、その界隈内ではみんなが同じ商品を持っている、同じ行動をするといったことが起こり得ます。
界隈消費の特徴
界隈消費における消費行動には、任意の界隈との連帯感や共感がカギとなっているという特徴があります。
たとえば、K‐POP界隈では推しグループの応援棒をはじめグッズを持っていることが当たり前という風潮があります。同じグッズを持っていることで「自分はこの界隈の一員である」という意識を高め、さらに界隈内の他者との連帯感を高めることができます。さらに、推しがライブストリーミングなどをやっていて収益化もされている場合、スパチャや投げ銭などの行為が盛んにおこなわれることがあります。こちらも界隈消費の特徴的な行動だと言えます。
界隈の中では、特定の趣味や推しへの愛情が共通の話題や関心の軸となります。そのため、消費行動はそれらへの愛情や関心の度合いを表現する代替手段として行われることが特徴です。
特定の文化やトレンドを共有することで仲間意識を高め、外部の人々との差別化を図ろうとした結果、グッズや投げ銭行為など上記に記載したような消費行動が行われるのです。
従来の消費傾向との違い
従来の消費行動は、自分が欲しいものを購入する、自身の感じている課題に対する解決策として消費するというのが一般的でした。このプロセスには基本的に他者は存在せず、消費が他の行為の代替となることはありませんでした。例えば、リップグロスを購入する際、同じような質感でより安価なもの、もしくは手に入りやすいものがあればそちらを購入する可能性は十分考えられます。
一方、界隈消費は「共感」や「つながり」を重視し、消費が自己表現やコミュニティ貢献の手段となっている側面があります。自分が欲しいかどうかといった判断基準に加えて、それを購入することで界隈の一員としてどのような影響があるか(界隈の人と同じグッズを購入することで連帯感を得られる、投げ銭をすることで界隈内での話題になる、推しが使っている/おすすめしているものを購入することで愛を表現できる、など)も判断基準の一つとなります。そのため、話題になっているリップグロスに似たようなものがあったとしても、界隈の人と同じ製品であることや推しが使っているものと同じ製品であることに価値があるため、代替品を購入することは基本的にありません。
この変化は、SNSや推し文化の台頭、特定の価値観を共有する場が増えた現代社会の変化を反映しています。
特徴 | 界隈消費 | 従来の消費行動 |
---|---|---|
動機 | 界隈での連帯感や共感を得たい | 個人の満足や実用性 |
価値観 | コスパが悪くても好きなもの(界隈に関係あるもの)であれば買う | コストパフォーマンス・汎用性を重視 |
影響範囲 | SNSや界隈内の不特定多数に共有する | 家庭や個人の範囲に留まる |
消費行動の位置付け | コミュニティへの貢献、自己表現 | 自己の満足、生活の改善 |
界隈とは
そもそも、界隈とはどういった集まりを指しているのでしょうか。
定義や範囲について
コトバンクによると、界隈とは「1. そのあたり一帯。付近。近辺。2. 特定の業界や趣味などの分野。また、それに関わる人たち。」とあります。界隈消費における界隈は後者が近いと考えられます。
しかしこの定義からずれた使われ方をしている用例も多数あり、界隈消費における「界隈」という言葉には未だ明確な定義づけがされていません。むしろ、界隈自体の境界があいまいで界隈に所属している人の熱量にもグラデーションがあるので定義できないと言ったほうが正しいかもしれません。
実際に界隈という言葉を使っている身からすると、辞書の説明よりもう少し広範な意味を持つ言葉で、特定の業界や趣味の分野以外にも、行動、心情を共有する集団にも使われることがあると感じます。
たとえば、後述する界隈マップのミーム欄にある「伊能忠敬界隈」は、長時間歩く人たちのことを指しますし、「片目界隈」は自撮りの際に片目を隠す人たちのことを指しています。どちらも趣味というよりは特定の「行動」に共通点を見出して界隈にまとめられています。
また、熱量にグラデーションがあると先述しましたが、「伊能忠敬界隈」の人であっても、毎日のように決まった距離を歩かなければ気が済まないという人や、気が向いたときに歩こうと思えばどこまででも歩けるけど毎日は歩かないといったスタンスの人まで幅広くいます。K-pop界隈の応援棒でも、発売されたときに必ず買うといった人から、ライブに当選して必要になってから購入するといった人もいます。
界隈の定義はあいまいで、範囲は非常に広いというのが界隈消費における「界隈」の特徴です。
また、界隈に属してはいるものの界隈消費をしない人ももちろんいるといったことも特筆すべき点です。
界隈の特徴
「界隈」が指す範囲は、コミュニティや団体といった言葉と違いがあるのでしょうか。
個人的にはかなり違いがあるように感じます。
コミュニティや団体といった場合、所属している/していないといった明確な線引きがあり、他者が自分と同じコミュニティに属しているかどうかは容易に判断することができます。
一方、界隈は個々人が「自分は○○界隈かな」と感じているだけで明確な線引きが無く、他のメンバーとの直接的なやり取りが無いことも多いため、他者が自分と同じ界隈にいるかどうかは判断しにくいといった特徴があります。
そういった意味では、2000年代に流行した「森ガール」「理系女子」のような呼び方と非常に近しいものがあると感じます。
界隈消費における「界隈」特にZ世代が所属する界隈はコミュニティというよりもラベリングといったほうが近いのかもしれません。
どんな界隈があるの? 界隈の種類
界隈の種類については、博報堂とSHIBUYA109 lab. が共同で発表したレポートが参考になります。
上記の画像を見ると、ジャンルも趣味嗜好も非常に多岐にわたることが分かります。
この中で「#○○界隈」のようにSNSで使われるのはキャラクターやファッション、美容、若者、ミームのジャンルが多いように感じます。仕事やビジネスの界隈はリアルでも知り合うことが多いからか、わざわざ界隈のハッシュタグをつけて投稿するようなことは少ないのかもしれません。
界隈消費の事例
ここまで界隈消費の定義や特徴について見てきましたが、実際にはどういったことを指しているのでしょうか。
下記で界隈消費の特徴に当てはまる消費の例を集めました。
投げ銭
投げ銭とは大道芸人などが行うパフォーマンスに対して観客が支払う対価のことです。現在では、ライブストリーミングなどで配信者に対して視聴者がお金やポイントなどを支払う行為も投げ銭と言われます。
この投げ銭行為は界隈消費の代表的な例であると言えます。
視聴者は、自分が応援したい配信者やコンテンツに直接的な支援を行うことで、自分がコミュニティの一部になっているという連帯感を感じることができ、さらに推しへの応援の意思を表現することができます。
投げ銭行為は、配信中に可視化されリアルタイムで他の視聴者や配信者と共有されるため、単なる経済的な支援を超え、コミュニティ内での一体感や共感を生み出しています。また、投げ銭自体に実用性はなく、生活上の何かが改善されるわけでもありませんが、界隈内では大きな価値を持ち、その価値によって消費行動が成り立っているという点で界隈消費の特徴に当てはまっています。
このように、投げ銭行為は、個人の消費行動が推しや界隈への貢献として位置づけられる、界隈消費を象徴する行動といえるでしょう。
10円パン
先ほどの投げ銭の例が界隈内の流行にとどまる「界隈内消費」と呼ばれるのに対し、10円パンは界隈の外にも流行が伝わる「界隈伝搬消費」の例です。
10円パンはもともと韓国で10ウォンパンとして生まれ、韓国好きな若者の間で話題になりました。話題になった当初は「韓国旅行に行くなら食べるべき」といった特集にまとめられているのをよく目にしました。このように、当初は韓国にしか無かったため「韓国界隈」「K-pop界隈」の間のみで話題になっていました。
その後、日本の10円硬貨の形に変わって「10円パン」として日本に輸入され、若者を中心に他の界隈にも伝搬していったのです。
今では、韓国界隈やK-pop界隈の流行の中心地である新大久保をはじめ、渋谷や原宿、名古屋、大阪、福岡などにも10円パンのお店ができており、若者を中心に多様な層の人が購入しているのを見かけます。
このように、任意の界隈の中だけで流行っていたものが徐々に他の界隈にも広まっていくことを博報堂とSHIBUYA109 lab. が共同で発表したレポートでは「界隈伝搬消費」と表現していました。
伝搬する界隈はもともと流行っていた界隈から近い界隈や重複する部分の界隈が多くみられます。特に、今例に出した「韓国界隈」や「K-pop界隈」は人口が多く、他の界隈と重なっている人も多いため界隈伝搬消費が起こりやすいと考えられます。
デジタルカメラ
デジタルカメラも「界隈伝搬消費」の例ですが、今では流行というより新たなスタンダードになっているという点で10円パンの例とは異なります。
デジタルカメラの流行が始まる前触れとして、「インスタ界隈」の間で写ルンですなどのフィルムカメラが流行しました。しかし、フィルムカメラは高かったり一回に撮影できる枚数に限りがあるなどの理由で、流行はしているものの実際に持っている人は少ないといった印象がありました。
その点、デジタルカメラであればデータ容量やバッテリーに気を付けていれば何枚でも撮影することができますし、フィルムカメラのようなザラザラした質感、ふわっとした色味なども実現できます。実際、筆者の周りにもフィルムカメラからデジタルカメラに移行した友人やデジタルカメラデビューをした友人が何人かいます。
また、流行り初めにフィルムカメラを持っていた友人は写真が好きというタイプが多く、そういったタイプは「思い出の写真」としてフィルムカメラで撮影した写真をInstagramに投稿することが一般的でした。一方で、デジタルカメラを持っている友人は、男女や界隈を問わず「日常の写真」をデジタルカメラで撮影し、それをストーリーに投稿することが多いと感じます。このことから、デジタルカメラは界隈での流行を超えて、新しいスタンダードになりつつあるのだなと感じます。
界隈消費を自社のマーケティングに活かすには
界隈ごとに差別化した戦略を行う
界隈消費を狙ったマーケティングを行う際は、界隈ごとの趣味や価値観、購買行動に合わせてピンポイントで商品やサービスを提供することが重要です。大衆受けよりもニッチな需要を狙ったマーケティングが必要となります。
一律のマーケティング施策では効果が薄いため、各界隈のニーズやトレンドを分析し、細分化されたターゲティングを行いましょう。
たとえば、今までのマーケティングではデモグラフィック情報に基づいてターゲティングを行ったり、ペルソナを作成してターゲットを設定することが一般的でした。
しかし、界隈消費を活用したマーケティングであれば、自社の商品やサービスを詳しく分析し、それに合った界隈を探しに行く、そうして見つけた界隈にピンポイントで寄せたマーケティングを展開していくといった形が有効になります。
このようにして、界隈ごとに差別化、最適化された戦略を行っていくことが重要になります。
コミュニティ主導のプロモーションを展開する
界隈消費を活用した施策を進める場合、コミュニティ主導でマーケティングを行っていくというのも重要になります。
先ほどお伝えしたように、界隈消費を見据えた戦略の場合、任意の界隈に寄せたマーケティングを展開することが重要になります。界隈というコミュニティは、共感やつながりを重視した集団です。界隈の中で重要だと考えられていること、価値があるとされていること、不文律などが大きな意味を持っています。
そのため、外部から無理やりプロモーションをねじ込むよりも、界隈にいる人自身の発信力や影響力に任せプロモーションを行うことがリスクを抑え効率的に商品やサービスを届けられる方法だと考えられます。
消費者が自主的に参加しやすいプロモーションや、界隈に所属するインフルエンサーとのコラボレーションを活用すると効果的です。
界隈から界隈への伝搬を狙う
界隈から界隈への伝搬を狙うというのは、先ほどの例で出した「界隈伝搬消費」を狙うということです。
先ほどの例でも出したように、韓国界隈などの人口が多い「界隈」では他の界隈も掛け持ちしている人が多いため、「界隈伝搬消費」を狙いやすいと言えます。
人口が多い界隈としては、韓国界隈のほかにVTuber界隈やアイドル界隈、スポーツ界隈などがあります。
さらに、共通する趣味や価値観を持つ界隈間でも「界隈伝搬消費」が起こりやすいと言えます。たとえば、スポーツ界隈の場合、成人している方が多かったり、大勢で集まったりするのが好きな方が多いため、ビール界隈などと被っている方も多い傾向にあるようです。
このように、最初にターゲットとした界隈と被っている人が多い界隈や価値観が似ている界隈に向けてアプローチすることで界隈伝搬消費を意図的に起こすことができる可能性があります。
まとめ
界隈消費とは、2~3年ほど前から目立つようになった特定の界隈(集団・コミュニティ)に関連する消費行動のことを指しています。
インターネットの普及によりマスの時代は終わり、消費者のニーズや消費行動は輪をかけて多様化していっています。この多様化に伴って台頭してきたのが「界隈消費」と呼ばれる形の消費行動です。
しかし、界隈消費は近年注目されだしたばかりであるため、施策や戦略に関する明確な正解はいまだ分かっていません。
最新情報を逃さないためにも、界隈消費やその動向について今後も注目していく必要があります。
参考
博報堂 『Future Evangelist Report』 Vol.3(2024.11.15)「界隈消費 ー生活者発のコミュニティ起点で起きる、未来の消費とは?ー」 共著:SHIBUYA109 lab.